輪島功一(元プロボクサー)

23年間自宅近くの公園をジョギングしているけど、ポイ捨てされたごみを拾うようになったのは、オレにとってごく自然な行為なんだ。清々しい緑に囲まれた美しい公園に、ごみが落ちていれば誰もが気になる。オレも当然気になった。だから拾うようになった。ただそれだけなんだよ、ホントに。「何だ輪島のヤロー、あいつカッコつけやがって」と思ってる人たちはたくさんいるはずだよ。そう言われたくないから、拾わないという人たちって、たくさんいると思う。だけど、“拾う勇気”を持ってほしいんだ。

いまの日本人って、誰からも悪く言われたくない、誰からも好かれたいっていう八方美人が多すぎる。最近信じられないような若者たちの犯罪が世間を騒がせてるけど、これは親たちの責任だとつくづく感じる。親が子どもをしつけることは当たり前のことで、本来それが子どもを可愛がるってことなんだよ。あき缶をポイ捨てしたら、ハッキリしかってやんなきゃ。まちや野山を汚しているごみを見つけたら、当たり前のように拾わないと。簡単なことでしょ。みんな心では思っていても、態度で示すことができなきゃ、何にもならない。そう思わない?

頭で分かっていても実践できなきゃ、ボクシングの場合、致命傷になる。ボクシングっていうスポーツは、相手を倒すために駆け引きしながら、7つのパンチのコンビネーションを組み立てていく。その中でいかに決定的なダメージを与える最も効果的な左のパンチを繰り出すことができるか、そこが勝敗を分ける大きなポイントになる。トレーニングでは、いい左のパンチを繰り出すのに、リングに上がるとまったく出ない。いいモノ持っているのに、何で左が出ないんだーッ!と怒鳴りつけるんだよ。そうすると、「分かっていても出ないんッス」という答えが必ず返ってくる。これじゃ、どうしようもない。いくらいいモノを持っていたって、試合で出せないんじゃ、勝てない。いつまで経ってもダメだ。

泥臭いこと言ってゴメンなさいよ、ホント。だけど、あえて言いたい。知っていても忘れている基本的で大切なことが多い。分かっていても、できなければ分かっていないのと同じなんだ。簡単なことでも一生懸命やる“がんばる心”が大事。一人が熱っぽく一生懸命やらないと、二人にはならない。だから、オレはこれからもジョギングしながら、ポイ捨てされたごみを拾うよ。(談)