古来から三種の神器の一つとされている“刀”。平安時代中期ごろに現在の形になったと言われる日本刀は武士道の精神性と芸術性を兼ね備え、日本が世界に誇る至高の美術品としてその地位を築いている。今回は、鎌倉時代の日本刀再現に腐心し、その存在を現代に伝える刀鍛冶、松田周二氏を紹介する。

現在、国宝に指定されている日本刀は約110本。これは国宝全体の約10分の1を占め、そのうち9割は鎌倉時代に作られたものだ。まさに日本刀の原点は鎌倉時代にあると言える。

日本刀は時代によって形状が異なる。平安時代末期から江戸時代まで、その時代の戦闘様式に合わせ約9回姿を変えている。この中で鎌倉時代に多く見られるのが「太刀(※)」で、長寸で反りが深くその力強さは見るものを惹きつける。

通常の刃物は、刃の部分にのみ鋼を使い、それを鉄と貼り合わせて製作するが、日本刀はすべて鋼でできている。また、焼き入れの際、刀全体に土を被せる「土置き」は日本刀の特徴を決める重要な作刀工程の一つだ。松田氏の説明によると、このときに土を薄く塗った(焼きが入る)部分と厚く塗った(焼きが入らない)部分の境目に、「刃文(はもん)」が生じる。同じく境目で生じる熱膨張差から日本刀独特の反りも生まれる。これは日本刀が作られた時代や流派によって特徴があり、鑑賞する上での大きなポイントとなっている。

千葉県千葉市若葉区。市内から少し離れた郊外に松田氏の鍛刀場がある。学生時代、大学で美術を専攻していた松田氏は、「より多くの美術品に触れる機会を得たい」という思いで北海道から上京した。

「修業時代から頻繁に美術館や展示会に赴き、名品と言われる日本刀をたくさん鑑賞しました。油絵の経験から、『古典』と呼ばれるものをきちんと理解した上で、自らの作品づくりに活かすよう心がけていました。その中で、特に強く惹かれたのが鎌倉時代の作品です」

松田氏は鎌倉時代の日本刀を再現するため、材料となる和鉄や古刀の研究に没頭、1996年に古刀と見間違えるほどの作品を苦心の末、完成させた。

「今までは古い物を再現するのに時間を費やしてきましたが、これからは身に付けた鎌倉時代の技術を基盤に自分のオリジナル作品を作っていきたいと思っています。例えば、ピカソの絵なら誰が見てもピカソの作とわかるように、刃文を見て『松田の作だ』と言われるような作品を目指していきたいですね」

さらに松田氏は、刀鍛冶という職業を通じて日本人と鉄の強い結びつきを感じている。「近代製鉄の技術には、鎌倉時代にすでに確立されていたものもあります。現在の日本が生産量、質ともに世界トップのレベルにあり、鉄に関して高い技術を持つ背景には、先人たちが培ってきた鉄の文化があったからこそではないかと思います」

※「太刀」と「刀」:平安末期~室町初期の主流が「太刀」。全長は平均65~70cm。当時の武士は刃を下にして腰に差しており、保管する場合も刃が下に来るように置く。室町中期~江戸末期の主流が「刀」。全長は平均60cm強。太刀とは逆で刃が上に来るように腰に差し保管する。