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「STEEL CAN AGE」Vol.36 荻原 次晴

Vol.34 横山 剣号
2016年8月発行
 

転機は1990年の「ごみ非常事態宣言」

東京と横浜の中間に位置し、近年はターミナル駅周辺の再開発で目覚ましい発展を遂げる神奈川県川崎市。政令指定都市として、その人口は148万人、世帯数は70万世帯を超え(2016年7月1日現在)、若年層や子育て世代などの転入者も増加している。

今年4月に川崎市が配信した「ごみ分別アプリ」は、そうした若年層をはじめとする幅広い世代に対し、ごみ分別のサポートを目的として開発された。配信から3ヵ月でダウンロード数が1万を超えるなど、市民からの評判も上々だ。まずはその特徴・機能について紹介する前に、アプリの開発背景として、川崎市におけるごみ処理の歴史と現状について見てみよう。

川崎市では1924(大正13)年に清掃監視業務を開始し、1938(昭和13)年には早くも市としてのごみ収集事業を行っている。その後、京浜工業地帯の中核都市として急成長を遂げ、産業集積や人口の増加が著しい高度成長期の1969(昭和44)年には毎日収集(週6日)を実施。1977(昭和52)年には空き缶分別収集も開始している。

写真1

ごみ処理に対して積極的に取り組んできたといえる川崎市だが、80年代後半に入ると好景気もあり、右肩上がりで増加し続けるごみ排出量に処理が追いつかなくなった。そして1990(平成2)年には「ごみ非常事態宣言」を出す。現状のままではあと数年で焼却場の処理能力を超え、埋め立て場もいっぱいになってしまう。そこで市民にごみの減量とリサイクルを呼びかけた。これを転機に、川崎市では普通ごみの収集回数の変更、ごみの適正排出・分別意識の啓発など、さまざまな施策を打ち出した。その効果もあってごみ排出量は徐々に減り始め、資源化率も上昇していくこととなった。

川崎市では現在も人口増加が続くなか、焼却ごみの量は1990年のごみ非常事態宣言をした当時と比較すると約3割減少した。近年の推移を見ても、2006(平成18)年度には約60万トンであった総排出量は、2014(平成26)年度には約53万トンにまで減少している。市のごみ減量への継続的な取り組みと、市民の意識の高まりがその背景にあることは間違いない。しかし近年は減少傾向がやや鈍化して横ばい状態となっており、さらなる減量の推進が課題となっている。

写真2

 


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