SNSで火がつき、一瞬で完売

2019年5月、吉野家が牛丼を缶詰にした「缶飯」を発売すると、まずマスコミが注目し、そこからSNSで一気に火がついた。初回製造分の13万~14万缶が一瞬で売り切れる事態は、同社にとってもまったくの想定外だったという。

外販事業本部事業企画室長の諏訪和博さんは「そもそも缶飯は災害時の非常食として開発したもので、おもに自治体や官公庁を想定したB to B商品でした。しかし、SNSでバズったことで、フタを開けてみたら一般消費者にまず受け入れられました」と語る。現在は大手スーパーなどでも取り扱われ、20年12月までの累計で約100万缶を出荷するヒット商品となっている。

非常食と聞くと「とりあえずお腹を満たすもの」というイメージが強い。しかし、当時開発担当を務めた元商品企画室長の小山田宗冬さんは、「食に携わる企業として、非常時だからこそおいしいものを、という想いが出発点だった」と振り返る。

「災害の発生直後はお湯も沸かせません。だから常温で食べられる即食系の非常食が求められます。ただし、それを牛丼の缶詰で実現するのはかなり苦労しました。ご飯が固まってしまい、おいしくないんです。試行錯誤を重ねてもやっぱりうまくいかない。そんなとき、白米をあきらめて『金のいぶき』という玄米を試してみたら、偶然うまくいきました」(小山田さん)

なぜ『金のいぶき』だと常温でも固まらないのか、大学の研究室にも分析を依頼したが、理由はわからなかったという。しかし、これで開発は一気に進んだ。そのあともフタを開けたときに具材がきれいにご飯の上にのった状態にするため、手作業を中心にした独自の製造工程を組むなど、さまざまな工夫を重ね、発売にこぎつけた。

缶飯は牛丼のほか、豚丼、豚生姜焼丼、焼鶏丼、牛焼肉丼、焼塩さば丼の合計6種類を同時開発した。当然、開発のハードルは高くなるわけだが、「非常時とはいえ、同じものを食べ続けるのでは飽きてしまうでしょうから」という言葉に、外食産業の雄としての矜持を感じる。

容器は保存性に優れたスチール缶

缶飯の容器は、東洋製罐(株)のスチール缶を使っている。開発の際も、缶に対する具材の適正量やレトルト(高温殺菌)の温度・時間などを同社と相談しながら決めていったという。容器にスチール缶を選んだ理由について、小山田さんは保存性とコストのバランスを挙げる。

「長期保存する非常食には少なくとも3年の賞味期限が求められます。例えばアルミのレトルトパックなどは、長期保存のために遮光性を高めると価格が非常に高くなります。その点、スチール缶にはコスト優位性があります」

加えて、スチール缶は「それ自体が食器になる」ことも利点だと指摘する。缶詰はフタを開ければそのまま食べられ、場合によってはほかの食材を入れる器にもなる。これは災害時に大きなメリットになることは間違いない。

災害発生のときは避難所に多くの人が集まり、一緒に食事をとることになる。すると懸念されるのがごみ問題だが、スチール缶は後処理が容易でリサイクル性が高いのも特長だ。分別回収を行いさえすれば環境負荷は少ない。

非常食という新たな挑戦が軌道に乗りつつある𠮷野家。諏訪さんは「ここまでは順調」と手応えを感じながらも、「賞味期限の長い商品だけに、新たな需要をどう喚起していくかがカギ」と語る。これまでも支援団体などを通じ、災害被災地に支援物資として缶飯を提供してきた。21年3月は東日本大震災から10年の節目。同社では今後もさまざまなPRを積み重ね、自治体や官公庁などの災害用備蓄としての本格採用を目指していく。