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スチール缶を知る

スチール缶って?

スチール缶は、缶胴部や蓋など主要な部分が鉄(鋼板)で構成された金属容器で、缶ジュースや缶コーヒーなどの飲料缶のほか、みかんや魚の缶詰などの食料缶、のり・お茶・クッキーなどの一般缶、食品用などの18リットル缶(一斗缶)に使われています。

飲料缶・食料缶

一般缶

18リットル缶

飲料缶と食料缶を合わせた生産量は、2022年で173千トンであり、スチール缶の生産量の約65%を占めています。

スチール缶の主成分

飲料缶用鋼板は耐食性、加工性、強度等に優れた高級鋼材です。
スチール缶スクラップは国内の製鉄所で溶解され、自動車・レール・家電・建材・スチール缶など、さまざまな鉄製品にリサイクルされています。

スチール缶の表示マーク

飲料缶は資源有効利用促進法の規定に基づいて材質を示すマークが定められています。
また、一般缶(のり・お茶・クッキーなどの缶)については全日本一般缶工業団体連合会が、18リットル缶については全国18リットル缶工業組合連合会が、消費者が分別排出する時に「スチール缶」である ことがわかるようにマークを制定・管理しています。

(飲料缶マーク)

(一般缶マーク)

(18リットル缶マーク)

缶詰の歴史

缶詰原理発明の父ニコラ・アベール

いまの缶詰の原理を歴史的に見ると、コルクで栓をしたガラスびんに加熱滅菌した食品を封入する保存方法が始まりと言われています。それは1804年、塩蔵調味料・菓子製造・醸造業を営んでいたフランス人のニコラ・アペールによって発明されました。
時代はフランス革命の英雄・ナポレオンがヨーロッパ戦線を東奔西走していた頃。ナポレオンは軍隊の士気を高め戦闘力を維持するため、戦線において栄養があり新鮮な食料を大量に供給する必要性を痛感し、新たな食品貯蔵法を懸賞金つきで募集していました。
ニコラ・アペールは缶詰原理の発明によって、そのナポレオンの懸賞金1万2,000フラ ンを見事手中に収めたのでした。

ぶりき缶の登場ヴィクトリア女王時代

缶詰原理の発明から6年後の1810年、食品保存用としての容器にぶりき缶を使うことを考案し特許をとったのがイギリス商人のピーター・デュランです。その後、ぶりき缶は19世紀ヴィクトリア女王時代に貿易を通して重要な成長産業となり、美しい絵画を印刷した菓子・ビスケットの容器や、マトン・鰯・鮭・小えび・トマト・ジャムなど、海外で 缶詰にされた新鮮な食品が食卓を賑わしました。
そして19世紀の前半までにはアメリカに伝わり、需要の拡大とともに食品産業の分野で大きく発展しました。

1871(明治4)年長崎で日本初製造

日本では1871(明治4)年、長崎で外国語学校の司長を務めていた松田雅典が、フランス人教師のレオン・ジュリーから缶詰の製造法を伝授され、鰯油漬缶詰を試作したのが始まりとされます。当時は缶詰のことをその製法にちなみ 「無気貯蔵」と呼んでいました。
1877(明治10)年には、北海道開拓使が5カ所に缶詰工場を設置し、半自動式の製缶機械を輸入するとともに、アメリカ人2名を教師として招いて技術普及に努めました。そして1917(大正6)年製缶業が誕生し、大正から昭和初期にかけて缶詰産業は日本の輸出産業として隆盛を極めました。

ぶりきの語源

明治時代から昭和初期にかけて、ブリキに「錻力」とか「鉄葉」といった漢字が当てられました。幕末に開港した横浜に、外国人の居留地がつくられ、○番館と呼ばれる煉瓦造りの西洋風建物が建てられました。その頃、煉瓦はまだ日本になかったので、錫(すず)をメッキした鉄板の箱に容れて輸入されてきました。築造する大工や職人には、日本人が使われました。誰かが、英人の技師が箱に入ったままの煉瓦を指して「ブリック」と言ったのを聞き、箱の方を「ブリキ」というモノだと誤解しました。
これが広まって、ブリキが日本語(通語〔つうご〕)になりました。

飲料缶登場の流れ

缶飲料は1958年にビール、1959年にトマトジュース、1960年には炭酸飲料が相次いで発売され、1963年にコカコーラが登場してから本格的な飲料缶の時代に入りました。
尚、現在スチール飲料缶の主力である「缶コーヒー」が登場したのは、1969年からです。2021年に作られた飲料用スチール缶は、約44億缶で、国民一人が1年に35缶飲んだ計算になります。

飲料用スチール缶および食料缶生産缶数

 

スチール缶のあれこれ

3ピース缶と2ピース缶

3ピース缶
ふた・胴・底の3つの部分からできています。
2ピース缶
胴とふたつの部分からできています。

ステイオンタブ方式

缶切りで穴をあ けて飲むものから、昭和40年代になって口金を引きちぎる形のイージーオープン缶が登場し、いつでもどこでも飲める便利さから急速に普及しました。現在は、散乱防止 を考えて口金が本体から分離しないステイオンタブ方式になっています。

ふたの小径化

缶のふたは厚みがあり、缶全体の4分の1程度の 重量を占めていました。そこで缶ふたの口径を小さくし、従来のものと比べて約26% 軽量化しています。また口径を小さくすることによって省資 源にも役立っています。

缶を作る技術

明治4年

1.ハンダ手作り缶
つぎ目やさかい目は、人の手により1缶づつハンダづけされた。

大正2年

2.ハンダ缶(サニタリー缶)
胴部とフタに2重巻きしめ方式を採用。

大正7年

3.うち抜き缶(オーバル缶・角缶)
ぶりきを打ち抜き、浅い容器を作り上ブタを2重に巻きしめる。

昭和45年

4.接着缶
胴部のつぎ目は接着剤でつけ、フタは2重巻きしめ式。

昭和48年

5.DI缶
深い容器をつくり、ネックイン加工をほどこし、上ブタを2重に巻きしめる。

昭和54年

6.溶接缶
胴部のつぎ目を溶接でつけ、フタは2重巻きしめ方式。