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STEEL CAN AGE

MAIN REPORT

スチール缶の素材である“鉄”。
文明社会を支え続けてきたのには、ワケがあります。

鉄道や自動車、橋梁、家電、各種容器などのモノを通して、私たちの暮らしに深く根ざしている素材―“鉄”。それにはワケがあります。ここでは、スチール缶の素材として進化し続ける“鉄”が文明を築き、未来に向けて必要不可欠な素材である理由を紐解いていきます。

金属資源“鉄”と人類の出会い。そのとき歴史は動き始めた

鉄は可採埋蔵量で断然トップの金属資源です。鉄鉱床としての鉄の埋蔵量は膨大で、地球重量の約3分の1を占め、しかもその鉄鉱石は世界の大陸に分布しています。経済的な露天掘りという方法で採掘できることもあり、鉱種別生産量も群を抜いています。

人間が初めて“鉄”と出会ったのは、約7000年前、宇宙から原野に落ちた「隕鉄」を見つけたオリエント時代まで遡ります。当初は隕鉄に含まれる鉄を利用して装飾品などをつくっていました。そして装飾品とともに古代の代表的鉄製品として知られているのが「剣」です。紀元前3500年ごろ、古代エジプトに君臨したツターンカーメン王の豪華な遺品の中に、水晶の柄が付いた鉄製の短剣がほぼ原型のまま黄金の鞘におさまっていました。

その後、武器や道具としての鉄精錬が盛んになるのは紀元前2000年ごろのヒッタイト王国で、国家の保護のもと製鉄業を営み、技術力を誇示するために近隣諸国の王に鉄剣を贈っていました。ヒッタイト王国の強さの秘密は、その優れた鉄製の武器にあったとされ、鉄器をオリエントに伝えるとともに、メソポタミアやエジプトの文化をエーゲ海やギリシアに伝える役割も果たしました。人類の古代史において王の権威や国力を象徴する剣が鉄製だったという事実は、当時鉄が貴重品だったことに加えて、鉄の強さが認められ、それが古代国家にとって重要な役割を果たしていたことを示しています。

時代が移り、長年、特定の階級によって独占されていた鉄の精錬技術が広く世界に知られると、鉄は一部の権力者だけに使われていた青銅とは異なり、“民衆の金属”として社会生活に浸透するようになりました。農具はその好例です。鉄製農具は耕地面積を広げ、農業の生産性を高め、それがやがて余剰農産物を生み、手工業の発展を促すことになりました。人々は支配者からの解放のきっかけをつかみ、生活様式と社会構造は大きく変化を遂げることになったのです。イギリスの古典学者・ファリントンは「ギリシアの民主主義は、鉄器がなかったら存在していなかった」と語っています。

一大産業となった鉄。世界は近代化の歩を進める

ベッセマー転炉の1/2模型
(写真提供:千葉県立現代産業科学館)

人類史と共にあった鉄の精錬技術は、ヨーロッパ近代製鉄の礎となった「高炉法の発明」と「溶鋼法の考案」の2大革命によって劇的に進化します。近代高炉の原型は1400年ごろ登場したといわれます。当初は木炭で鉄鉱石を溶かしていましたが、産業革命時の綿織物業の機械化を皮切りに拡大する鉄需要を背景に、鬱蒼としたイギリスの森林の約半分が消えてしまい、その対応策として、1709年、木炭の代替燃料であるコークス(石炭)を使った現在の高炉法での製鉄が始まりました。こうして18世紀には、石炭を原燃料とする鉄の大量生産が可能になり、蒸気機関と並んでイギリス産業革命の原動力となりました。その後、蒸気式送風機や熱風炉などが開発され、生産量や燃料消費の点で優れた高炉法は、現在までの300年以上にわたり、製鉄技術の主流を占め続けています。

19世紀後半になると、鉄道の発達や高層建築の増加、武器の改良などでさらに鉄の需要が高まり、製鉄技術も改良されました。特に革命的な技術は、1856年、イギリス軍の砲身用材料の高強度化を目指す過程でヘンリー・ベッセマーが開発した画期的な溶鋼技術(転炉)です。鋼は高炉で生まれた銑鉄に含まれる炭素や不純物を徹底的に減らした粘りのある強靭な鉄で、転炉によって10~20トンの銑鉄を約15分で鋼に仕上げることを可能にしました。“鋼の時代”の到来です。20世紀になると技術開発はさらに加速し、連続鋳造法の出現などさまざまな技術革新を経て、一大産業としてその地位を確立することになります。

釜石で産声をあげ、八幡で軌道に乗った日本の産業革命

創業時の八幡製鉄所(1904年撮影)
(写真提供:日本製鉄(株))

一方、日本における製鉄業の近代化は、江戸時代末期、先進諸国から海の沿岸を守る軍事上の理由から始まりました。1853年の黒船来航の際に、江戸幕府は大砲・大船製造の禁を解き、国内における大砲鋳造を国防の要としましたが、その材料となる高品質の銑鉄を生み出したのが、多くの鉱山や木炭となる森林を持つ釜石(大橋・橋野高炉)です。日本で初めて鉄鉱石を原料とする洋式高炉によって粘りのある品質の高い銑鉄の製造に成功しました。これが日本近代製鉄の夜明けであり、その立役者が、”日本製鉄業の父”と呼ばれる南部藩士・大島高任です。彼は西洋からの技術を鵜呑みにせず、たたら製鉄などの優れた土着技術との融合によって独自の「日本式高炉」の建造を実現しました。この「大橋・橋野高炉」は、1957年には国の史跡に指定されています。

技術の移入はその国・土地の条件を考えたうえで、”小さく生んで大きく育てる”ことが重要とする大島のパイオニア精神は、その後、田中長兵衛の釜石鉱山田中製鉄所に受け継がれます。1894年には日本で初めてコークスによる出銑に成功し、当時の農商務大臣・榎本武揚が現地視察に訪れ、そのときの榎本の確信が、官営八幡製鉄所の建設へと結びつきました。そして1901年(明治34年)、近代製鉄の”幕開け”となる「官営八幡製鉄所」が操業を開始しました。この製鉄所の創業は、日本の産業構造が軽工業から重化学工業へと移り変わる転換点であり、日本における産業革命が本格化し”現代”の始まりを告げる画期的な出来事となりました。1880年代に始まった軽工業の発展は、綿糸紡績業の生産地と消費都市や輸出港を結ぶ鉄道を発達させるとともに、造船、電力、機械、化学など諸工業の発展を促しました。

発売当初の缶入りオレンジジュース
(写真提供:(株)明治)

それ以降、日本人の生活スタイルは根本から変化することになります。交通の要となる鉄道レール、電力を生み出す電磁鋼板、さまざまな道具・容器用鋼材など、鉄は重要な社会資本として人々の暮らしの向上に大きな役割を果たしました。20世紀初め、原動力が蒸気から電力に移り変わり、電気機器が本格的な普及時代を迎えるなかで、1924年に変圧器や電動機、発電機に不可欠な電磁鋼板の国産化に成功。以後、電力の大量需要・消費の過程で電力ロスと戦い続け、現代社会の省エネや環境改善に貢献しています。

自動車や家電、住宅などに使われる薄鋼板のルーツである容器(スチール缶)用材料については、1923年、当時”戦略物資”だった缶詰用材料の国内生産に成功。1940年の連続圧延の技術導入を経て、1950年代にみかん缶詰などの輸出用食糧缶詰の需要増大に応えました。1954年には、「オレンジジュース缶詰」が登場し、その後の高度経済成長とともに、ビール、炭酸飲料、コーヒーなど、”缶入り飲料”の市場を形成して今日に至っています。

鉄は変幻自在。多彩な形状と機能、環境性能で社会に貢献

鉄は現代においても文明の礎です。それは強度や粘り強さ、加工性、導電性、経済性といった他材料では置き替えることのできない多様性と総合力によるものです。スチール缶や自動車、建築物などの材料として多彩な性質を持つ鉄鋼製品の特性を決めるのは、炭素を中心とした「鋼成分の調整」と「熱処理」です。この2つを組み合わせ、炭素量や冷却速度を変えることで金属組織の状態を変化させ、強度や靭性(粘り)をはじめとする他の金属には真似できない多様な特性を生み出しています。また、すべての溶接法が適用できる材料は鉄しかありません。

さらに、環境の時代となった現在、鉄のリサイクル性の高さが改めて注目されています。飲料缶、自動車、建材に使われる鉄は、基本的にすべて同じ炭素鋼であり、約1,600℃の高温で溶かして炭素量などの成分調整や不純物を除去することで、再び何にでも生まれ変わる100%マテリアルリサイクルが可能です。工業製品化する際に、要求特性に応じて添加される元素量がアルミの約100分の1程度ですむこともリサイクル性の高さにつながっています。また、最終製品の省エネや環境負荷の低減にも貢献(環境調和型製品)。例えば、自動車鋼板は、高強度化による軽量化(薄手化)でクルマの燃費向上に寄与し、電磁鋼板は、磁気を通りやすくする最先端の結晶制御技術によって、送電時の電力ロスを飛躍的に低減しています。

人類史と共に叡智を磨き、新たな技術を生み出すことで、その時々の社会ニーズに応え文明の発展を支え続けてきた鉄。未来に向けてこれからも進化を遂げていきます。

エポックメイキング/“クリーンな鉄”が強くて柔らかいスチール缶を生む

極薄の材料を使用するスチール缶では、原板の中に鋼成分が酸化してできたアルミナなどの介在物(直径10~100ミクロンの肉眼では見えない小さな物質)が混入していると、缶の成形時に曲線部や缶壁部での割れなどの成形不良が発生します。鋼は力を加えると伸びやすいのに対して、介在物である非金属物質は伸びにくいからです。鉄鋼業界ではその対策として、脱酸剤を使って介在物の発生原因となる酸化を防ぎ、内部の性質を均一化したクリーンな材料(キルド鋼)を開発しました。また、現在は不純物を除去する精錬技術の進歩により、介在物量のレベルも数PPM(※)まで低減されています。

また、製鉄プロセス技術では、連続鋳造法と周辺技術の進化が大きな役割を果たしました。「垂直曲げ型連続鋳造機」では、鋳型を垂直にすることで介在物の浮上性を高め、溶鋼への介在物の混入量を大幅に減少させました。さらに下工程では、板を薄くする圧延作業で硬くなってしまった鋼板を、加熱・冷却して軟らかくする「連続焼鈍技術」が、スチール缶の成形・デザイン性の向上に寄与しています。連続焼鈍設備において、圧延後の薄い材料を高速で連続的に高温炉に通して温度を緻密に制御することで、加工性に優れた材料の大量生産が実現し、スチール缶の難しい加工成形を可能にしています。

こうした材料開発とプロセス開発によって、軽くて多様な形状の飲料缶が登場し、今日まで私たちの生活に彩を添えています。