飲料マーケットへの挑戦
飲料容器の可能性を広げる自由自在なスチール缶のヒット商品ストーリー
アサヒ飲料(株) 「あがり」(緑茶)
急須で入れたての渋いお茶を追求した結果がお寿司屋さんの湯呑みに
●アサヒ飲料(株)マーケティング部 商品企画グループ 荒井 智江さん
2002年10月、アサヒ飲料(株)は緑茶の新アイテムとして「あがり」を新発売した。一目でお寿司屋さんの湯呑みのイメージがダイレクトに伝わってくる商品だ。
マーケティング部お茶チームの荒井さんは「当社の十六茶、旨茶を含めて最近、無糖茶マーケットが活性化しています。そうしたなかへの新商品の参入は非常にハードルが高いのですが、01年秋から挑戦を始めました。着目したのは急須で入れたての渋いお茶でした」と説明する。緑茶にも水代わりにがぶがぶ飲むものがある一方、量は少なくともじっくりと飲むアイテムもある。後者のニーズに応えたのがこの「あがり」である。
「商品開発の最初は味の吟味からでした。旨み・渋みがあるとともにキレがよい後味というコンセプトを突き詰めた結果、お寿司屋さんのお茶に行き着きました。容器の形状も湯呑みのイメージで、となったのはその延長線です。緑茶の味の設計の結果、当社で初めて粉茶を採用することと、容器では形状の可能性をも含めてスチール缶を選択しました。製缶メーカーからも異形缶の技術で対応可能との返事を頂きました。最終的に270グラムの2ピース缶とし、デザインは遊び心と話題性をこめて魚偏の文字を24個並べることにしました」。
魚偏の文字は緑で印刷され、文字の並べ方については「あがり」の商品名に近いところになじみのある文字を、遠くに行くほどなじみの薄い文字を配置した。地の色は陶器の白のイメージでホワイトコートが施されている。さらに、湯呑みの底の部分に合せて缶の下部を絞り、縦筋を入れるなどきめ細かい対応がなされている。年齢層のメインターゲットは30代を設定されているが、最近のコンビニには高年齢層も多く足を運んでおり、購入層は広がる傾向にある。
「競争が激しい緑茶ですから厳しさが懸念されましたが、発売後、商品メッセージが分かりやすく、また話題性からコンビニのホットケースに予想以上に早く入れて頂きましたし、自動販売機でも手にとりやすいと評価されました。さらに味の面でもキレのよい後味のお陰で、リピーターも広がっています」。
荒井さんは「今回の実績を通してスチール缶の形状の可能性を認識しました。中身の味は傾向的に横並びの可能性が高いと思います。となると差別化を図るのは容器の違いになります。今後の形状の可能性に期待しています」とスチール缶に熱いエールを送ってくださった。
湯呑みのイメージを、新しい加工法の開発で実現
●東洋製罐(株)マーケティング部 金澤直樹さん
缶の素材として環境保全性に優れる当社開発のTULC(タルク缶:Toyo Ultimate Can)を採用し、緑茶との適合性を図りました。形状を湯呑みのイメージに近づけるコンセプトを実現するため、新しい加工法を開発しました。また自動販売機への適合性をも考慮し、底部分の丸みのバランスや胴体のストレート部分の長さなどに工夫をこらし、イメージに最大限近づけることができたと思います。
私も“あがり”のセールスウーマン
●新日本製鉄(株)名古屋製鉄所 池原園美さん
缶用鋼板の安定供給が私の大きな任務です。この“あがり”の際には「新デザイン缶誕生で納期至急」との話があり、まさしく勝負!この仕事は工程のスケジュール変更から始まりました。缶素材は紙のように薄く、軽く、さらに加工性に優れる上に美しく仕上げなくては。「う~ん。これでは納期に間に合わない。幅の切り替えが、素材が…」など四苦八苦?の日々。そして缶メーカー殿へ納入!発売日の朝、ワクワクドキドキしてコンビニへ。棚の真中から順番に…。な、ないっ~(発売直後、田舎のコンビニまでは行き渡らなかったのだ)。後日、初めて手にした新商品。見た目の美しさはもちろん、今までにない形とデザイン。いつの間にか“あがり”のセールスウーマンになっていた私です。
キリンビバレッジ(株) 「キリンFIRE」(コーヒー缶)
従来ブランドの全面リニューアルに勝負をかけたFIRE
●キリンビバレッジ(株)営業本部商品企画部大西 功一さん
「当社にとって缶コーヒーは大きいカテゴリーであるだけに、この新ブランドの開発は勝負をかけたビッグプロジェクト。大変なプレッシャーを感じましたね。いつもの新商品開発と同様、合宿でのアイデア会議から具体的検討を開始しました」。
89年の「ジャイブ」発売以降、8年近くを経て、商品企画部では、コーヒー缶のマーケット状況は大人化の傾向が従来に比べて強くなっている、1日3本以上のヘビーユーザーは30~40代の男性で喫煙者が多い、そしてタバコ同様、飲むコーヒーも自分を表現するアイテムの一つであり、愛着缶として位置づけられている、などと分析した。
「こうした分析結果を踏まえて新たなブランドのコンセプトは、直火で豆を煎る本格コーヒーであり、心に火をともすものと設定されました。そしてネーミングやデザインの検討時に着目されたのが、たまたま商品開発メンバーの一人が手にしていたジッポライターで、それにヒントを得てブランド名を“FIRE”とし、デザインも炎の形状を選びました。商品開発はメッセージが明確に伝わるものであるべき、とのポリシーにも合致しており、これに決定しました」。
商品コンセプトを具体的に表現するデザインとして、炎の形状を缶の表面に浮き出すという従来になかったユニークなアイデアが実施された。「神は細部に宿るという言葉があります。炎の形状、浮き出しの高さなど細かい点にこだわり、製缶メーカーのご協力を得て相互に納得できるデザインを決定することができました」。
99年秋に発売された「FIRE」第1号は大きな注目を浴びて販売量も画期的伸びを示し、その後FIREブランドはシリーズ化され、同社飲料部門の定番となっている。
「FIRE」以降も、「生茶」(緑茶)、「聞茶」(ウーロン茶)、「アミノサプリ」(アミノ酸配合飲料)など、同社ならではのオリジナリティのある商品開発力を発揮してヒット商品が市場に送り出されている。
心臓部の位置合わせに特別の工夫
●大和製罐(株)技術部 坂井健一さん
FIREの製缶工程で一番のポイントは、炎の形状に浮き彫り加工する際の缶の位置合わせに尽きます。バーコードが表示されている直下に長方形のマークがあり、これが位置合わせの心臓部(左写真参照)です。バーコード 回転させた缶のマークをセンサーで読みとり、正確に位置合わせをした後、金型で浮き彫り加工します。FIREの実績で、これら一連の技術を確立し、さまざまな形状の凹凸缶を製造できる体制が整いました。今後に、ご期待ください。
造る側の心にも火をともしてくれます
●新日本製鉄(株)八幡製鉄所 太田正之さん
この缶に採用されたすずめっき鋼板には、炎の形状に浮き出し(エンボス)加工する加工性と塗装性、さらに鏡のような高い光沢が要求されました。そのため、キズや汚れが発生しやすく目立ちやすいという宿命に直面しました。また鋼板はトイレットペーパーのようにコイル状に巻き取る必要があり、その際に板と板とが触れ合うだけでキズがついてしまうので、それを克服する工夫が必要でした。最終判定で合格品となった時の感動は忘れることができません。今でも店頭に並ぶFIRE缶を目にすると、無意識のうちに外観をチェックしてしまいます。この缶は飲む人だけでなく、造る側の私達の心にも火をともし続けてくれています。
サントリー(株) 「BOSS・深煎り(銀BOSS)」(コーヒー缶)
発売後10年を経たBOSSブランドの大リニューアルに先導役として貢献
●サントリー(株)食品事業部柳井 慎一郎さん
2002年4月、スチールの地肌を活かした鏡面仕上げの「BOSS・深煎り」が新発売された。コーヒー缶としては異例の春の新発売であった。そして同じ年の9月、BOSS発売10年を機に、ブランドの大リニューアルによるラインナップが、アイテム数を5点に絞って新発売に踏み切った。先行して4月に発売されていた「BOSS・深煎り」がいわばBOSSブランドのリニューアルに際してのイメージアップの先導役として大きく貢献した格好だ。
「BOSSが市場に出たのは92年夏。“働く男の相棒コーヒー”をキャッチコピーにして約10年になります。その間、販売量も順調に伸び、缶コーヒーといえば「BOSS」と言っていただけるお客様も大変増えました。ただこの10年で市場環境も大きく変化しているのも事実で、発売10年を機に、よりお客様に親しみやすい存在を目指してリニューアルを実施することになったのです」。
味の面ではコーヒーショップの普及で、エスプレッソなどの深煎りタイプが大半のベースになってきている市場動向を踏まえて、味は“豊かなコク”と“キレのよい苦み”を実現した深煎りとした。またブランドイメージは、全体として従来の“男っぽいかっこよさ”、“質実剛健”のイメージに加えて、明るく身近でより親しみやすいものを目指した。
そのなかでこの「BOSS・深煎り」は、「シンプルでインパクトのあるものを狙い、コーヒー豆を売っている袋がシルバー色であることにヒントを得て、自分の顔が映る驚きを持たせることができる鏡面仕上げを思いつきました。しかしシルバーといっても種類がさまざまで、当方で理想型を設定して製缶メーカーにお願いし、試刷りを何度も繰り返して頂いて今の仕上げに決定しました。その鋼板の調達が大変だったと伺いました」。
鏡面仕上げを採用したことは、4月発売というタイミングからして、結果としてコールドコーヒーとしてもユーザーの飛びつきにつながり、9月に新発売となる5アイテムの新しいBOSSブランド商品に先駆けたイメージアップとしても大きな貢献を果たした。
「缶コーヒーは190グラムのショートサイズが大半です。となると色だけではメッセージがユーザーに伝わりません。今後、形も含めて異形缶を検討するにしても、意味のある変更をし、きちんとメッセージが伝わるものを目指していきたい」と柳井さんは今後に向けての思いを熱っぽく語られた。
すりキズ対策に苦労
●東洋製罐(株)マーケティング部 金澤直樹さん
特別な表面仕上げのすずめっき鋼板の採用と、鏡面光沢をこれほど全面的に出すデザインは飲料缶では実績がありませんでした。そのため、原板の運搬をはじめとして、すべての生産工程で、すりキズが発生しやすく、その対策に万全を期するため、すりキズ対策に苦労しました。
シミ・ソバカスとの戦い
●新日本製鉄(株)広畑製鉄所 日高一秀さん
銀BOSSの命は缶の表面の光沢に尽きます。そのための技術的ポイントは、独特の表面仕上げです。この仕上げは特別な処理の一つである“エキストラブライト”と称する表面仕上げの採用で対応しました。キメが特別に細かくなくてはこれほどの光沢は出ないのです。粗い仕上げでは光が乱反射してしまい白っぽくかすんでしまいます。たとえてみれば、女性がお肌の手入れをするように、シミ・ソバカスとの戦いで大変でしたが、スチールならではの良さを極限まで出したいと思って取り組みました。
日本コカ・コーラ(株)
「ジョージア ロイヤルマンデリンブレンド」(コーヒー缶)
絶対動かせない発売日を前提に、ラインコントロールの対応で乗り切る
●(株)コカ・コーラ アジアパシフィック製品開発 パッケージ開発グループ林 英一さん
2002年9月30日、日本コカ・コーラ(株)は「ジョージア ロイヤルマンデリンブレンド」を新発売した。当時、テクニカルオペレーション パッケージ開発を担当した林さんは「今回も大変な綱渡りだったが、何とか乗り切ったぞ」との深い感慨を覚えたと当時を思い起こして語られている。
「ジョージア」が初めて発売されたのは75年。以来、同ブランドは28年の歩みを持っている。
「2ピース、3ピースを含めてコーヒー缶はスチールオンリーできています。今回のロイヤルマンデリンブレンドは、異形化動向を踏まえてコーヒーカップのイメージの製品を出したいとの考えから01年9月頃に商品化を決定しました」。
缶の形状を決めるに際して林さんが絶対条件として掲げたのは、自動販売機の適性に合致していること、ボトラーの製造ラインは改造せず既存ラインで流すという2点であった。比較検討の結果、大和製罐(株)と組むこととなり、形状、印刷などにつき、同社から提案の「エレガンスカップ」が日本コカ・コーラ(株)のイメージに最も近く、これを原案として、缶胴体の直径が200径のものを202径に拡張すること、上と下に15から20ミリのへこみを入れるなどが11月に決定された。また塗装については陶器の質感をイメージできるようパール(真珠)調のインクの採用により高級感をもたせることも決定された。
「ラインの改造は製缶メーカー側で対応して頂くこととなり、その改造には5か月を要するため2月1日に缶の形状を決定。そして7月に入って缶が出始め順次全国 15社の充填ラインでラインテストをしたところ問題が発生してしまいました。ラインにおける缶の搬送の際に部分的にプレッシャーがかかって缶と缶とが乗りあげてしまうのです。缶では初めての点接触(2点しか押さえていない)が理由と思われました。同様の現象はビンのラインで経験済みでしたので経験則からライン速度をはじめコンベア潤滑剤などにつき、どこをどう調整すれば解決できるか把握していましたので解決策を施し、7月末には問題を解決できました。発売後の売行きのペースは非常に早く、ラインナップの主力製品の一つとなっています」。
最後に林さんは「異形化が可能ということは非常にアピールできる手段であると思いますので、元缶の拡張・縮小を含めて製缶技術をさらに一般化できるよう体制を整備して頂きたい」とスチール缶への期待と要望を述べられた。
金型に特別の工夫をこらす
●大和製罐(株)技術部 坂井健一さん
ロイヤルマンデリンブレンドは、客先側の製造設備である充填ライン・自動販売機の改造を伴うことなしに、要望される異形缶を製缶メーカー側で実現した点に最大特色があります。その技術的ポイントは、従来のコーヒー缶は通称202径(缶胴体の直径が52.7mm)の缶を採用しているのに対して、この缶では200径(直径約50mm)の缶胴を採用し、胴体の最大の直径を従来同様のコーヒー缶と同じ直径に拡大する点です。缶の直径を広げるには缶の中に特殊な金型を入れ、金型を広げることで202径まで膨らませます。膨らませすぎると缶の高さが低くなってしまいますので、そのサイズ・コントロールの確立も必須技術の一つでした。
発売後の新商品を手にして大きな感動
●JFEスチール(株)薄板営業部 藪内真一さん
最も配慮を要した点はデリバリー対応でした。この缶用材料は通常に比べて製鉄所での工期が長くかかるため、製缶メーカーでの本格生産後に生産量が一気に増えた頃にはデリバリーを確実にこなすのが精一杯の毎日で、何度も製鉄所に足を運び、フォローを重ねて材料を欠かすことなくお届けできたことが今にして懐しく思い起こされます。実は最終的なこの缶の形やデザインは私共には事前に知らされていませんでした。そのため発売後、真珠のように輝くパール色の缶を自分の手にとった時は大きな感動で胸がいっぱいになりました。
日本たばこ産業(株)-JT
「Rootsリアルブレンド」(コーヒー缶)
“この形には理由(ワケ)がある”のキャッチコピーで形と味を確実にアピールFIRE
1985年4月に民営化された日本たばこ産業(株)(以下、JTと表記)は、たばこ、医薬、食品を柱として事業展開されている。食品部門では飲料と加工食品をカバーしている。
飲料分野でJTの名を知らしめたのがヒット商品「桃の天然水」だ。
しかしながら「当社としては後発ながらもビッグカテゴリーであるコーヒー飲料を飲料事業の柱にしたいとの強い思いを長年秘めており、その実現に向けての準備を98年ごろに始めました。やるからにはJTならではの差別性と特長を明確に打ち出せるものを目指して検討を進め、99年頃に異形缶とHTST(High Temperature Short Time:高温短時間)製法との組み合わせで行けると確信しました」と河合さんは回顧する。
中田さんは「コーヒーに関する知見や技術はキーコーヒー(株)とのコラボレーションのなかで磨きをかけ、その成果を商品に採り入れました。こうした連携は少ないと思いますが挽きたて、抽出したての、いい香りと味をそのまま缶に詰めて本格的な味を提供することを目指しました。殺菌方法についても温度を通常よりも高温・短時間化するHTSTを採用。効率的に熱を伝える蒸気の通り道をつくるため、缶の下部を絞ってくびれをつけるデザインを採用しました。なお、くびれについては本来技術的な必要性からですが、お客様からは持ちやすいという評価も頂いています」とHTSTと缶の形状との必然性について説明する。
また、ネーミングとしては新しいコーヒーの起源になりたい、との想いを込め、「Roots」が選定され、ロゴマークにはコーヒー豆と葉をあしらった。さらにリアルブレンドのカラーリングはコーヒー色のブロンズとした。これらはいずれも“本格感”をアピールするコンセプトの表現として生まれた。
川島さんは「“この形には理由がある”をキャッチコピーに00年9月に売り出しました。発売当初から予想を上回る売行きとなりました。缶の形状は以後、若干の改善を加えつつも基本的には当初の形状を継承してシリーズ化しています。当社の飲料分野の4割の売上はRootsであり、すっかり定番化しています。しかしながら、我々はチャレンジ精神を忘れることなく絶えず前進していきたいと考えています」と、Rootsブランドへの意気込みを力強く語られた。
ドイツから製缶加工機を導入
●北海製罐(株)技術本部開発部 新保寛明さん
デザイン案として提出した形状は100を超えていました。下部分を絞り、コーヒーカップのイメージにするなどのコンセプトが固まってから、デザインを絞り込んでCGに落とし込みました。下の部分にくびれを入れる独特の形状に仕上げるには当社の既存ラインでは対応できないため、製缶加工機をドイツから新たに導入しました。テストラン段階では若干のトラブルもありましたが、正式稼働後は円滑に稼働しました。発売開始後、売れ行きが予想を大幅に上回り、岩槻工場のラインだけでは間に合わなくなり、館林工場のラインをRoots用に追加して稼働させるほどでした。
クリーンな鋼で強度と加工性
●JFEスチール(株)薄板営業部 三輪義浩さん
北海製罐さん経由で引き合いを頂いてから正式発注の決定まで、随分時間が限られていたように記憶しています。強度と加工性を兼ね備えるためには、製鋼段階で二次精錬を施すことによって、クリーンな鋼にする必要があります。文字通り、オーダーメードの製品と言えます。このように、ヒット商品になると、鋼板を製造・供給する立場の我々も非常に誇らしい思いがしています。今後とも、自由自在な加工形状を可能にする鋼板の供給に努めていきたいと考えております。