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MAIN REPORT

乳児用液体ミルクの品質を守り、 赤ちゃんを育む

集中豪雨や台風、地震など自然災害が頻発するなか、その備えとして液体ミルクへの関心が高まっている。こうしたなか、2019年3月から乳児用液体ミルクを本格的に製造・販売している(株)明治では、容器にスチール缶を採用した。災害発生下の過酷な状況においてもミルクの品質を守り、安全・安心に赤ちゃんが栄養摂取できる環境づくりに、スチール缶が貢献している。

災害時の授乳は不安だらけ 母乳が出ない、哺乳瓶が洗えない、お湯がない

災害時、大勢の人たちが避難している場所で人目が気になって授乳をしてあげられない、被災のストレスや疲労で母乳が出なくなってしまうといったケースが多く報告されている。さらにライフラインが断絶していると、粉ミルクを調合して赤ちゃんに飲ませたくても、哺乳瓶がない、水がないから哺乳瓶を洗えない、安心して飲める水が手に入らない、ガスがないからお湯をつくれないという状況に陥る。やっと手に入れても、周りに気を使いながら毎夜、水を温めて粉ミルクを調合する作業は手間がかかり、ぐずる赤ちゃんに飲ませるのはさらに精神的な負担となる。赤ちゃんのいる家族は、災害時における赤ちゃんの栄養摂取に大きな不安を抱えている。

乳児用液体ミルクは2016年4月に発生した熊本地震のとき、フィンランドから支援物資として無償で贈られたことがきっかけで注目された。さらに東京都が、18年7月に発生した西日本豪雨災害の際に岡山県倉敷市と愛媛県宇和島・八幡浜両市に計約2,600本、9月に発生した北海道胆振東部地震の際には厚真町など5町に約1,000本の輸入備蓄品の乳児用液体ミルクを、被災地の避難所に届けたことが反響を呼んだ。

欧米ではプラスチックボトルや紙パックなどの容器に充填された乳児用液体ミルクが、スーパーやドラッグストアなどで販売されている。湯で溶かす手間も時間もかからず、使い勝手が良いとの理由から長年利用されている。一方、日本では母乳代替品としての製造・成分、表示の規格はこれまで粉ミルクしかなく、液体ミルクは製造・販売されてこなかった。日本で液体ミルクを利用するには、輸入により入手するしかなかった。

日本各地で大規模な地震や豪雨災害が多発し、災害時の食糧確保の観点から乳児用液体ミルクの国内での製造・販売を望む声が高まるなか、18年8月に厚生労働省が所管する「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」、消費者庁が所管する「健康増進法施行令」などが改正・施行された。これらの基準に適合していれば、乳児用液体ミルクを国内で製造・販売できるようになったのだ。

スチール缶の耐久性が液体ミルクの品質を守る

母乳をお手本に成分設計

液体ミルクを商品化するまでには、メーカーは設備投資や安全基準に合致した製品づくり、製品の品質・保存検査、厚労省の承認や消費者庁の特別用途食品の表示許可の手続きなど、いくつものハードルを乗り越えなければならない。(株)明治では、技術的な検討を重ね、製造にかかわる承認を厚労省より2019年1月に取得、販売にかかわる許可を消費者庁から19年3月に取得。スチール缶への充填が可能な群馬県の工場で、乳児用液体ミルクを製造している。今回の商品開発について、入社以来一貫してミルク事業に携わってきたマーケティング本部の田中伸一郎さんは次のように振り返る。

「液体ミルクを消費者の皆様に安心してご利用いただけるように明治ほほえみ粉・キューブタイプと同等の栄養設計にこだわり、赤ちゃんのより良い発育が期待できるように強い責任感を持って開発を進めました」

同社は粉ミルクの1つ1つの成分を母乳に近づけて母乳栄養児と同等の発育を目指す母乳サイエンスに取り組んできた。これまで4,000人以上のお母さんの母乳を分析する調査を実施し、たんぱく質濃度やエネルギー濃度などの情報を収集。さらに40年以上にわたって延べ20万人以上の赤ちゃんの発育を調べ、より母乳に近づける粉ミルクの研究開発を続けてきた。

こうした知見が液体ミルクの栄養設計に活かされている。例えば粉ミルクと同じ原料を使うと、一部の鉄分やミネラルなどの成分の沈殿が起きるため、栄養をそのままに、なるべく沈殿が起きないような原料に変更した。また熱を加えるとミルクが茶色くなるため、できるだけ茶色くならないよう原料を選び、何十回もテストを重ねて調製した。

安全性へのこだわり

乳児用液体ミルクには微生物が好む栄養素がたっぷり入っている。だから衛生面での安全性が非常に重要視される。

「当社では缶に充填・密封した液体ミルクを缶ごと殺菌する『レトルト殺菌』という方式で製造しています。このとき容器の外から高温高圧を加えるため、容器には耐熱性や堅牢性が求められます。さらに災害時を想定した安全性へのこだわりがありました。災害時のどんな過酷な状況であっても赤ちゃんに確実にミルクを届けたい。それには、やはり容器そのものが頑丈でなければならない。また防災備蓄として保存期間が長いほうがいい。このように液体ミルクの品質を守ることを考え、スチール缶を採用しました」(田中さん)

スチール缶は二重巻締という方法で蓋を閉じているため密封性に優れ、外から微生物が入る可能性を遮断し、工場で衛生的につくられた液体ミルクの品質を守っている。工場では万全な衛生管理体制が整っているものの、万一製造中に微生物が入り込んだ場合に備え、全品のスチール缶の底を弾いて、その音の振動数を測定することで、良否を確認できる打検システムが構築されている。出荷されたあとも光を通さない優れた遮光性で、液体ミルクの変質や酸化を防いでいる。このように品質を守ることができる特性をスチール缶は持っているため、国内で入手できる液体ミルクとしては最も長く保存できる賞味期限1年間を実現した。

スチール缶の特性が災害時にも力を発揮する

2019年9~10月、千葉県をはじめ多くの地域で猛威をふるい、政府が激甚災害として指定した台風15号や台風19号でも、乳児用液体ミルクは支援物資として活躍した。災害はいつどこで、どのような状況下で起こるかを予想できない。いざというときのために備蓄としてストックしておけば、それだけで大きな安心を手に入れることができる。全国の自治体では乳児用液体ミルクの備蓄が始まっている。

一般的に災害によるライフラインの復旧までには1週間程度かかると言われている。水やお湯が確保できないなかでも、缶から哺乳瓶に移し替えるだけで、衛生的に安心してミルクを赤ちゃんに与えることができる。液体ミルクは常温で飲めるが、冬場や寒冷地などで温めてあげたい場合、スチール缶は熱伝導率が良いため、お湯や熱源がなくても、缶ごと人肌や使い捨てカイロで温めることも可能だ。飲み終えたあと、資源物として分別排出すれば、スチール缶は製鉄所で鉄鋼製品をつくる原料として使われる。そしてスチール缶や自動車、ビル、橋、鉄道、家電製品など、何にでも何度でもよみがえっている。スチール缶のリサクル率は90%以上を維持しており、CO2排出削減や省エネルギーにも貢献できる。

乳児用液体ミルクはドラッグストア、ベビー用品店、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、さらには高速道路のサービスエリアやパーキングエリア、宿泊施設などで販売されている。殺菌処理済みで、調乳時の菌混入リスクが少なく衛生的なことから、乳児用液体ミルクの利用は、災害備蓄だけでなく日常生活にも広がりを見せている。

「外出時に水やお湯を持ち歩かなくてもよく、お出かけの授乳の際に使用する方も多くいらっしゃいます。手軽に安心して使えるため、男性の家事や育児への参加にも大きな弾みになり、子育てしやすい社会の実現にも貢献できると考えています。今年春には専用アタッチメントを付属した商品の販売が始まります。ご家庭にある手持ちの哺乳瓶用乳首に取り付け、缶上部にセットすることで、哺乳瓶に移し替えることなく、そのままミルクを飲めるように工夫しました。これからも液体ミルクの使用法や栄養情報をしっかり発信し、皆様に安心してお使いいただけるよう努めていきます」(広報部・髙橋春佳さん)