多彩な鉄鋼製品に生まれ変わるスチール缶
全国の自治体で分別収集・回収されたスチール缶は、各地域の資源化センターでプレスされ、国内に約80ヵ所ある製鉄工場(高炉、電炉、鋳物工場)に運ばれる。いよいよスチール缶スクラップ再生物語の始まりだ。今回のメインレポートでは、高炉のある製鉄所を例に、新たな息吹が吹き込まれ、スチール缶はもちろん、さまざまな機能を持つ鉄鋼製品に生まれ変わるスチール缶スクラップ再生のプロセスを垣間見ながら、スチール缶リサイクルが持つ柔軟性と可能性を紹介する。
スチール缶は循環型社会のトップランナー
スチール缶は、他の容器包装に先駆けて「消費者によるポイ捨て散乱防止・分別排出」「自治体による分別収集・資源化処理」「鉄鋼メーカーにおける再利用」という三位一体のパートナーシップを築いてきた。回収すれば100%リサイクルできる、まさに循環型社会のトップランナーだ。資源として低価格であるにもかかわらず、素材、製品を市場メカニズムに乗せるシステムを規制なく組織化していることが最大の強みだ。スチール缶リサイクルは、長年の取り組みによって、すでに社会に根付き定着した「空気」のような存在だとも言える。
2004年、全国に約80ヵ所ある製鉄工場で、原料として使用されたスチール缶スクラップはおよそ86万トン。この数字を鋼材に換算すると、東京タワー約200本相当のスチール缶が貴重な鉄源として使われていることになる。1日に約3,600万本ものスチール缶がリサイクルされている計算だ。
2004年のスチール缶のリサイクル率は87.1%。これほど高いリサイクル率を実現している理由としては、分別収集後、資源化施設での磁石による選別が容易で、製鉄所など再生のための受け皿が整備されていることに加えて、再生品の品質を高める製鉄技術のさまざまなイノベーションがある。
スチール缶スクラップの再生は、高炉で生まれた銑鉄と一緒に鋼を作る「転炉」や、スクラップだけを溶解・成分調整する「電気炉」といった高温溶融設備などへの装入から始まる。最近では、鉄鉱石を炭素で還元(酸化鉄の酸素を取り除く)して鉄分を取り出す高炉法に替わるプロセスとして、原料配合や燃料の自由度が高い新たな溶融技術(冷鉄源溶解法など)も考案・実用化され、スチール缶を含めたさまざまなスクラップから高品質な鉄鋼製品が製造されている(図1)。
技術が創造するスチール缶再生物語
スチール缶の再生プロセスを、鉄鉱石から鉄鋼製品を製造する製鉄所を例に見てみよう。
■溶かす – 転炉(製鋼)
自治体の資源化センターでプレスされ製鉄所に運ばれてきたスチール缶スクラップは、製鋼工場に持ち込まれ、高炉で還元された銑鉄と一緒に「転炉」に装入し、強い圧力で酸素を吹き込むことで新たな鋼(炭素2%以下)となる。転炉は銑鉄に多く含まれた炭素を除去するとともに、不純物を取り除く役割を果たす(一次精錬)。そしてその後、目指す鉄鋼製品の種類や用途に応じて、さらに真空槽の中で脱炭、脱ガス(水素、窒素)、脱酸され、ピュアな鋼へと変貌を遂げていく(二次精錬)(写真1)。
■半製品に固める – 鋳造(製鋼)
「転炉」で銑鉄とともに溶かされ、新たに成分調整されたスチール缶スクラップは、溶鋼のままロールのついた「連続鋳造機」に送られ、分速1~1.5mのゆっくりとしたスピードで冷却されながら徐々に板状の鋼に姿を変えていく(写真2)。連続鋳造は、転炉で生まれた溶鋼から鋼塊を作らず、直接さまざまな鋼片を連続的に作る方法だ。転炉での不純物除去とともに、製鋼プロセスでの重要な役割を担っている。
まず、転炉から鋳型(モールド)に注がれた溶鋼は、温度調整されながら周辺が固まってきた状態で底から帯のように連続的に引き出される。そしてロール間を通り、内部まで完全に固まったところで切断され、半製品である鋼片となる。また連続鋳造は、転炉での精錬に引き続き、溶鋼の介在物を浮かせて除去する役割もあり、このプロセスを経て品質的な偏りが少なく、均一性に富んだ鋼ができる(図2)。
■製品の形に延ばす – 圧延
その後、例えばその半製品をビルや船舶などに使う厚板製品にする場合は、冷えた直方体の鋼の板を厚板工場に運び約1,200℃で再び加熱し、熱間圧延機のロールの間を何回も通して強い圧力で押し延ばし、最終的に厚さ4.5~360mm、最大幅5.35mの鋼板に仕上げていく。家電、自動車などに使われる薄板製品は、熱間圧延後さらに常温で冷間圧延され、厚さ1mm未満まで薄く延ばされる。この段階の鋼の材質は比較的に硬い。
■軟らかい鉄へ – 焼鈍
スチール缶などの薄板製品の材質には、厳しい加工成形に耐え得る「軟らかさ」が不可欠だ。軟らかさによってさまざまな形状をした最終製品に生まれ変わることができる。そのカギを握るのが、製鋼・圧延後の「軟質連続焼鈍」だ。
焼鈍とは、所定の厚みにする熱間圧延、冷間圧延の圧力によって、必要以上に硬くなってしまった鋼板を、再び加熱・冷却することで加工成形しやすい軟らかい材質にするプロセス。加熱・冷却の温度と時間をコントロールすることによって、強度や延びなどの鋼板の特性を変えることができる。加熱・保持・冷却工程が一体化した「連続焼鈍」は、圧延後の薄板を自動車の通常走行と同じスピード(時速48~60km)で高温炉の中を通して加熱・冷却することで、均一な軟らかさと形状を持つ材料を作り出す。
しかし、加熱した鋼板を急速に冷やすと、多くの炭素が鋼中に残り硬くなってしまう。そこで1980年代に、急冷後、温度を300~500℃で一時的に保ち、鋼中に溶け込んだ炭素を固めて取り出し軟質化する技術「軟質連続焼鈍」が考案された。焼けた鉄を水で急に冷やすと材質は硬くなるが、常温でゆっくり冷ます(焼きなまし)と軟らかくなる現象と同じだ。
こうしてスチール缶は、構造物に使われる厚板製品から過酷な加工成形性が求められる自動車や家電、そしてスチール缶の材料として再び生まれ変わり、社会の中で活躍することになる。
変幻自在に性質・姿を変え再び社会の中へ
スチール缶に用いられる鉄の素材は、自動車や建材などと同じ炭素鋼(鉄と炭素を主成分とする鋼)だ。特にスチール缶に使用される鋼は非常に薄くして使われるため、強度低下をもたらす不純物が少なく清浄度が高い。“より薄く、より強く、よりしなやかに”を目指すスチール缶用の薄板開発は、技術革新によって常に製鉄技術をリードし、そこで蓄積されたノウハウが他の鉄鋼材料開発に活かされている。
そのスチール缶を、再び1,650℃にも及ぶ高温下で酸素を吹き込みながら溶解すると、たとえ他の金属や有機物などの不純物が多少混ざっていても、ほとんどが酸化・除去されてピュアな鋼だけが残る。鉄は不純物よりも酸化しにくく、熱に強い。そして硬い、軟らかいなど求められる特性に合わせて新たに成分調整・温度管理することで、スチール缶に戻るだけではなく、社会資本として不可欠な橋梁や、耐震性、耐火性の観点から高い強度が求められるビルなどの構造物、品質要求の高い自動車用鋼板などさまざまな鉄鋼製品に生まれ変わることができる。つまり、スチール缶は「何度使っても再び何にでも生まれ変わる」100%マテリアルリサイクルが可能な材料だ。また、このように鉄鋼材料全体の循環の中で再生されることが、スチール缶リサイクルの強みでもある。
現代社会には、鉄以外にもアルミニウムなどの他金属をはじめ、セラミックス、プラスチック(高分子材料)など、さまざまな材料が溢れている。その中で、鉄は「昔から変わらない古い素材」「硬くて重い」といったイメージを持つ人が多い。しかし、鉄鋼消費量は低下することはなく、現在でも金属材料の大半を占めている。また、鉄は鉄と炭素という単純な元素の組み合わせと熱処理で、さまざまな材質・特性を持つ材料を創造することができる究極の素材だ。強度、粘り強さ、軟らかさ、導電性、経済性など、他の素材では置き換えることのできない多様な機能と材料としての総合力が、古代から現在までの長年にわたる鉄利用を可能にしてきた。また、全ての溶接法が使える地上唯一の材料だ。鉄がなければいまのような現代文明は存在しなかったと言っても過言ではない。
リサイクルだけではない省エネ社会への貢献
再び姿を変えて社会のさまざまな分野で活躍しているスチール缶。その再生の社会的価値は、100%マテリアルリサイクルによる「省資源」「廃棄物減量化」だけではない。製造エネルギーの低減による「CO2の排出削減」「省エネルギー」も重要な意義の一つだ。スチール缶を原料にすれば、製銑などの製鉄工程が省略され、また、製缶工程の短縮効果などによっても使用エネルギーを少なくすることができる。ピュアな鉄鉱石から鋼材を製造する場合の約75%にも及ぶエネルギー削減は、日本全国4,700万世帯の約1週間分の電力使用量に匹敵するほどの省エネルギー効果を生み出す。
一方、製鉄・製缶などの関連業界では製造工程の効率化はもちろん、排熱、排ガス、排水を貴重なエネルギー源として活用するほか、製缶工程では水処理工程の省略などにより、省エネルギーを極限まで追求している。さらには、スチール缶に限らず「リサイクル」が社会的課題となる中で、鉄鋼業の技術に注目が集まっている。廃プラスチックや廃タイヤなど、他産業で発生する廃棄物を原燃料として再資源化する取り組みは、産業界という領域を超越した循環型社会構築のキーテクノロジーとして期待されている。最先端の高温溶融処理技術を持つ鉄鋼業だからこそ可能となる取り組みだ。また現在、コークス炉ガスに含まれる水素が次世代エネルギーとして脚光を浴びつつある(図3)。こうした周辺技術も含め、循環型社会構築に対してスチール缶をはじめとする鉄が果たす役割と今後の可能性は大きい。
現代社会には、鉄以外にもアルミニウムなどの他金属をはじめ、セラミックス、プラスチック(高分子材料)など、さまざまな材料が溢れている。その中で、鉄は「昔から変わらない古い素材」「硬くて重い」といったイメージを持つ人が多い。しかし、鉄鋼消費量は低下することはなく、現在でも金属材料の大半を占めている。また、鉄は鉄と炭素という単純な元素の組み合わせと熱処理で、さまざまな材質・特性を持つ材料を創造することができる究極の素材だ。強度、粘り強さ、軟らかさ、導電性、経済性など、他の素材では置き換えることのできない多様な機能と材料としての総合力が、古代から現在までの長年にわたる鉄利用を可能にしてきた。また、全ての溶接法が使える地上唯一の材料だ。鉄がなければいまのような現代文明は存在しなかったと言っても過言ではない。
ここでスチール缶が生まれ変わった、表情豊かな鉄鋼製品の一例を紹介しよう。そこから1本のスチール缶が持つ「柔軟性」と「可能性」を感じることができるだろう。
■飲料缶
使用する鋼板が高強度・薄化されまた製缶技術が進歩したことで、スチール缶(200ml)の重量は現在約32gまで軽量化された。1960年頃と比較すると25%以上軽くなっている。しかし、その強度はアルミ缶を遥かに凌ぎ、破裂などの事故もほとんどない。また近年開発された、缶の表面をフィルムでコーティングした「2ピースラミネート缶」は、成形時に出る廃棄物とCO2の排出量を飛躍的に減少させた画期的な缶だ。印刷が美しいことも高く評価されている。
■自動車
ハイテク技術が集積した自動車には多くの鉄鋼製品が使われている。その種類は、車体に使われる薄板、エンジン・駆動系部品に使われる棒鋼、タイヤの補強材に使われるスチールコードなど多岐にわたる。特に車体用薄板は、衝突安全性を向上させながら車体の軽量化を実現する各種の高強度鋼板(ハイテン鋼)が開発され、自動車の安全性と燃費向上に貢献している。
■家電
冷蔵庫やAV機器など家電製品には、メタリック調で独特の光沢と重厚な外観を持つ各種表面処理鋼板が使われている。その中で、熱を発生する電子機器には内部の熱を外に逃がす「吸熱性」、キッチンで使われる機器には汚れが付着しにくい「耐汚染性」など、さまざまな機能を持たせた薄板製品が開発されている。最近では、軽量化が必須で従来はアルミが採用されていたプラズマディスプレイのバックパネルにも、剛性を持たせる構造設計と併せて、約0.5mm(アルミ材の半分の薄さ)の薄板製品が採用されるようになった。
■住宅
ビルなどの建築物の構造材としてはもちろん、従来、木材が使われていた骨組に高強度の鉄を使った壁構造「薄板軽量形鋼造(スチールハウス)」が普及しつつある。優れた耐震性能、高い設計自由度、躯体に経年変化がないなどの特徴を持つ。また、外張り断熱を標準としているため、結露を防ぎ、冷暖房効率を高め、建物内を均一な温度環境に保つことができる。(写真3)
■省エネ機器
現在、家電製品の選定基準となっている「省エネ」に貢献しているのが、エアコンや冷蔵庫などのコンプレッサー、モーターに使われる電磁鋼板だ。電気エネルギーを動力に換える際に鋼板内で生じる磁気を、スムーズに通す技術革新(結晶方位の制御など)によって著しい省エネ効果をあげている。また、ハイブリッドカーの電気モーターの材料として、省エネルギーとエンジンの高出力化に寄与している。(写真4)
「これからもこの先も、身近なスチール缶とのおつきあい」
製鉄所見学を終えて…大橋マキさん
ゴミの分別は面倒な作業なので、世の中の役に立っているという実感が欲しいと思っていました。今回スチール缶のリサイクル率の高さやリサイクルの過程、新しく鉄を作るよりもエネルギーもCO2も大幅に削減できることを知ることができ、「ちゃんと鉄になって帰ってくるんだよ!いってらっしゃい!」という気持ちでスチール缶を送り出せることが嬉しいです。
87.1%という世界トップクラスのリサイクル率も、ペットボトルよりも高いリサイクル率であることも知りませんでした。ペットボトルは持ち運びに便利だけれど、これからは飲み物などを買うときもスチール缶を意識したいと思います。
工場に一歩入った印象はまるで映画の世界のよう。建物はノスタルジックでもあり一方で近未来にも見える風景。スクラップの山、圧倒するほど巨大な転炉や、銑鉄を流し込むときの炎や熱気。これからはスチール缶を分別するときや捨てるたびに、この工場の風景が頭に浮かぶと思います。7,000年前から人間が使ってきた鉄が、今こうしてみなさんの手によって支えられ、それによってもたらされている暮らしに自分が生きている。このことを実感しながらスチール缶とおつきあいしたいと思います。