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STEEL CAN AGE

HISTORY

缶の履歴書  
■スチール缶用素材の表面処理技術

鉄はそのままでは錆を発生するため、用途に応じてさまざまな表面処理を施して利用されている。スチール缶の素材には、鉄の表面に錫をめっきする「ぶりき」が約200年もの長期にわたって採用されてきた。歴史と豊富な実績があるぶりきにとって、長年の大きな課題は高価な錫のコストをいかに下げるかであった。その課題克服の成果として開発されたのが電気ぶりきラインだ。その後、画期的技術として開発されたのが、錫をまったく使用しない「錫無し鋼板」(ティンフリースチール:Tin Free Steel。以下、TFSと略)。さらに最新の表面処理技術と言えるのがTFSの表面にフィルムをラミネートする技術であり、この技術を適用した2ピース缶あるいは3ピース缶が製品化されている。今回はこうした表面処理技術の歩みを飲料缶中心に紹介する。

鉄は強度や加工性に優れる一方で、錆びるという欠点がある。そこで耐食性の確保とともに、より付加価値を高めるため必要となるのが表面処理技術であり、この技術を施した鋼板を「表面処理鋼板」と呼んでいる。おもな表面処理鋼板とその分類は、図1のようになっている。

これら表面処理鋼板は、表面に亜鉛、錫、有機被覆など耐食性や外観の良い物質を複合させることによって、鋼板の持つ強度や加工性に加えて耐久性、美麗な表面などの特性を併せ持たせたものだ。缶用表面処理鋼板としては、ぶりき、ティンフリースチールの2つの鋼板が採用されている。

約200年にわたる歴史を持つぶりき

ぶりきとは、鋼板の表面に錫をめっきしたもので、めっき製品としては亜鉛めっき鋼板(かつて「トタン」と呼ばれていた)と並ぶ代表的なめっき製品である。図2にぶりきの断面図を示す。
わが国で錫めっき鋼板がぶりきと呼ばれるようになったのは、幕末時代、横浜の外国人居留地の建築現場で、イギリス人技師が鉄の箱に入った煉瓦を指差して「brick」と言ったのを、日本人の職人が箱を「ぶりき」と勘違いしたのが語源だと言われている。

歴史をさかのぼれば、ぶりきの原板を圧延薄鋼板から製造する技術は1730年頃にイギリスで生まれたと言われている。そして缶に適用されたのは、「ぶりき缶の開祖」と呼ばれているイギリス人の商人・ピーター・デュラントが1810年、食品保存用としての容器にぶりき缶を使うことを考案し、特許を取ったのが発端とされている。以来、ぶりき缶は密封性に優れるなどの特長から食品保存用としてイギリスからアメリカに伝わり、広く普及していった。
日本では、1871(明治4)年に長崎の松田雅典が「いわし油漬け缶詰」を試作したのが始まりとされている。これは輸入ぶりきが使用されたものであり、日本でぶりきが国産化されたのは1923(大正12)年だった。
このような歴史を持つぶりきは塗装性、印刷性、加工・接合性など優れた特長を持つことから食缶、飲料缶をはじめとする各種容器に幅広く採用されている。歴史的に見ても、ぶりきが缶用素材として世界で初めて採用されて以来、約200年にわたる歴史を持つのは、ぶりきがそれだけ優れた特長を発揮していることを裏付けている。

ぶりきの製造は熱漬めっきから電気めっきへ

ぶりきの製造に用いられる錫は実はコスト高という宿命があり、いかに錫の使用量を減らすかが長年の大きな技術的課題とされていた。錫めっきの方法は従来、溶けた錫が入っている槽に鉄板を浸す熱漬めっき(どぶ漬け)方法だったが、1934(昭和9)年にドイツで電気めっきぶりき製造法が発明され、1937(昭和12)年にアメリカで工業化された。電気めっきの原理は、錫が溶解した電解槽に鋼板を通過させる際に、鋼板を陰極、錫を陽極として電解めっきを行うものだ。この方式は従来の熱漬方式に比較して、表面が平滑で美麗、錫の付着量を減らせてコストダウンが可能などのメリットがある。この電気めっきラインはアメリカで急速に普及した。日本で初めて電気ぶりきラインが稼働したのは1955(昭和30)年で、アメリカからの技術導入によるものであった。

日本の独自技術で開発された画期的なTFS

日本における電気ぶりきラインの導入は海外技術によるものであったが、その後世界に誇れる日本独自の技術が開発された。それが「錫無し鋼板」(TFS)であり、これこそ世界が求めていたぶりきに代わる画期的な鋼板だった。これは鋼板の表面に極薄のクロムめっきの膜をつくるという表面処理技術によるものである。このTFSは錫を使わずに、極めて高い耐食性を持つばかりか、耐熱性、耐薬品性、加工性、印刷効果など、缶用素材に求められる機能を満足させるものとして高く評価された。この技術は海外からも注目を浴び、日本から世界各国に技術移転されている。図3にTFSの断面図を示す。

TFSの最新の製造プロセスでは、熱延コイルを連続式酸洗ラインで表面を清浄にしたのち、電気清浄からバッチ焼鈍・調質圧延・検査・精整に至るプロセスを一気に連続して行う「連続焼鈍ライン」が導入され、そのあとTFSラインを経て製品となり、コイルあるいは平板(切り板とも呼ばれる)の形態で出荷される。このような最新プロセスの導入によって高品質なTFSが効率よく安定的に製造されている。

TFSはその特長から缶用素材として急速に普及し、今日では飲料缶の大半に採用されるようになっている。このような錫を含まないTFSの普及は、缶の分別作業の簡易化をもたらしており、資源リサイクル促進の点でもプラス要因の一つとなっている。

TFSとラミネートの組み合わせが現在の先進製品

TFSの普及とともに、飲料缶では2ピース化が進展してきている。しかし2ピース缶の成形に際して必要な“しごき成形”は、従来「ウエット方式」で実施されており、この場合、冷却・潤滑剤が大量に必要という難点があった。
その難点を克服する技術として新たに開発されたのが、PETフィルムを表面にラミネートする技術である。このラミネート技術を缶の表面に適用することによって、成形プロセスに「ドライ方式」が採用可能となり、その結果、大幅な工程省略、水使用ゼロ、CO2排出量の削減など、時代ニーズにマッチした環境対応を実現している。

図4にラミネート缶の製造プロセスを、図5にラミネート缶の胴材料の断面構造を示す。このラミネート缶は現在では飲料缶はもちろんのこと、食缶などにも採用が広がっている。

こうした先進的製品であるラミネート缶は、鉄鋼メーカーと製缶メーカーの連携による技術開発成果の一つであり、今後とも連携をさらに深めることによって、表面処理技術を含め、一層市場ニーズに合致した製品開発を目指していく。

 
 

:参考資料:
●『ぶりきとティンフリー・スチール』東洋鋼鈑(株)著、(株)アグネ刊、1970年
●『食品と容器』39巻6号P338、缶詰技術研究会発行、1998年
●『新鋼材の知識』(株)鉄鋼新聞社発行、1992年
●本誌既掲載『缶の履歴書』シリーズ。