鉄の一生の環境負荷を正しく評価しよう!
鉄鋼製品のLCA
取材先/(一社)日本鉄鋼連盟 技術政策委員会企画委員長・LCA検討WG主査 小野 透氏(新日鉄住金(株) 技術総括部 上席主幹)
求められる“Life Cycle Thinking”
今LCAが注目される理由
現在、自動車や建材、家電、スチール缶などの材料の価値は、強度や耐食性、耐熱性など、主に“最終製品の使用時の機能”で評価されている。環境負荷を考える場合も、とかく使用時の環境負荷にスポットが当たり、その製品を形づくる材料の資源採掘から部材製造、さらには最終製品が寿命を終えたあとの処分・リサイクルの環境影響がきちんと評価されているとは言い難い。
LCA※は製品の製造・使用・廃棄の一連のプロセス全体で環境負荷を正しく評価する手法だ(図1)。
言葉として40年以上前に生まれたLCAの考え方が今改めて注目されている背景には、長期的な課題である地球温暖化や資源問題がある。これらの課題を短期またはライフサイクルの一断面だけ見て解決することはできない。
例えば現在、自動車の地球環境影響に関しては、走行時の燃費が規制対象としてクローズアップされている。燃費を良くする方法の一つである車体の軽量化では、主に使われる鉄の強度アップによる軽量化、またはアルミやCFRP(炭素繊維強化プラスチック)など軽量素材への変更が行われているが、それら材料の資源採掘時や製造時の環境負荷、また廃車後の廃棄物処理やリサイクルに伴う環境影響までは考慮されてこなかったと、(一社)日本鉄鋼連盟技術政策委員会企画委員長・LCA検討WG主査を務める小野透氏は語る。
「環境に及ぼす影響を製品のライフサイクル全体で考える視点が年々重要になっています。現在進めている鉄鋼製品のLCA手法(worldsteel-LCA方法論)の国際規格(ISO)化もそうした流れを踏まえたものです(図2)。他の素材とは異なり、一度自動車などの製品が役割を終えたあと、鉄はほぼすべて回収されて、再び新たな鉄鋼製品に何度でも繰り返し再生されて使い続けられます。このような鉄のリサイクル特性を反映したLCAの考え方を、自業界内にとどめず、明確な方法論としてきちんと世の中に出していくべきだと考えました。こうした気運も、製品の一生での環境負荷を考える“Life Cycle Thinking”によるLCA手法が注目されてきた背景にあります」
※ LCA:1969年にコカ・コーラ社が初めて提唱。製品の原材料調達から、生産、流通、使用、廃棄に至るまでのライフサイクルにおける投入資源、環境負荷、およびそれらによる地球や生態系への環境影響をきちんと評価する手法。鉄鋼業界では鉄のリサイクル特性に基づく「worldsteel LCA方法論」の国際規格化に取り組んでいる。
他素材に先駆けてLCA手法の確立を目指す“鉄”
産業界でのLCAに対する認知はどのような状況なのだろうか。鉄鋼製品の需要家の多くは、従来から自社製品の製造・使用段階での省資源・省エネについては意識が高く、先行して対策を講じてきた。現在はそれに加えて上流側、つまりどのような材料で製品をつくるのか、あるいは下流側である製品の廃棄などを含めた、ライフサイクル全体を通した対策意識が高まっている。
国際規格ではないが、現在産業界でデファクトスタンダードになりつつある「GHGプロトコルスコープ3※」は、自社が持つ設備やそこから生まれる事業活動による直接的な環境負荷(スコープ1)や、事務所・工場が外部から購入する電力などエネルギーや燃料に関連する間接的な環境負荷(スコープ2)に加え、自社の活動範囲外である素材製造などの上流側や、製品の使用、廃棄など下流側の環境負荷(スコープ3)までを対策の対象に捉えることにより、企業活動のバリューチェーン全体での環境負荷を捉えようとするものである。例えば、鉄鋼製品を購入し素材として使う場合は、鉄鋼製品の製造時や最終製品廃棄後の環境負荷など、自社製品の製造・使用とは直接かかわらない領域までの環境負荷を考える意識が根付きつつある。
「ただし残念ながら、現段階でそこには“リサイクル”に対する明確な評価基準がない、それが課題です。鉄以外の素材は循環型のリサイクルが困難であったり、リサイクルされる比率が小さいため、製品廃棄後のリサイクル評価がなくても結果に大きな差は生じないと考えられます。しかし鉄の場合は従来から“何度でも何にでも繰り返し使える”リサイクルシステムが社会に定着しており、リサイクルを反映しない評価はリサイクルを反映した真の評価と大きな違いが生じてしまいます。このため、リサイクル特性をきちんと反映した鉄のLCA方法論の規格化が必要と考えたわけです。実は、素材のLCA手法のISO化は鉄が世界で初めてです。まず鉄で材料のLCA方法論を確立して一つのモデルをつくり、他素材にも広げていければという思いがあります」(小野氏)
※ GHGプロトコルスコープ3:米国の環境シンクタンクWRI(世界資源研究所)と、持続可能な発展を目指す企業連合体であるWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が共催するマルチステークホルダー方式のパートナーシップである「GHGプロトコル」が中心となって開発および発行する企業のサプライチェーン(バリューチェーン)全体でのGHG排出量の算定・報告の世界的な基準・ガイドライン。
材料のLCAのカギを握るリサイクル
リサイクルは、材料製造時の環境負荷の低減に加えて、天然資源の採掘量や廃棄物処理量の削減など、材料のサステナビリティ(持続可能性)に大きく影響する取り組みだ。LCAにもリサイクルの影響や効果を正確に反映させる必要がある。自動車などの最終製品が社会での役割を終えたあと、その最終製品を構成していた素材はさまざまな運命をたどる。
一部の素材は最終製品の役割の終了とともに直接最終処分(廃棄)されるが、多くの素材はリサイクルされる。
リサイクル手法は“サーマルリサイクル”“カスケードリサイクル”といった「オープンループリサイクル」と「クローズドループリサイクル」に大別できる(図3)。
まず廃棄物の焼却時に発生する熱を電力や蒸気として回収するサーマルリサイクルは、省エネルギーにはつながるが、素材製造に必要な資源量の削減にはつながらない。一方、カスケードリサイクルは、素材から素材へのリサイクルではあるが、再生時の性質劣化・変化を伴うため、バージン材料の資源の代わりにはならず、リサイクルでの品質低下の積み重ねにより、最終的には廃棄されることとなる。
それに対してクローズドループリサイクルは、材料本来の性質を損なうことなく原料として無限に再利用する手法で、新たに投入する天然資源量や消費エネルギー、廃棄物を大幅に削減できる持続可能なリサイクルシステムと言える。使用済み素材の供給元とその再利用先が明確である鉄のリサイクルはこの手法にあたる。
鉄ならではの優れたLCA
鉄鋼業界が取り組む“鉄のリポジショニング”
鉄鋼製品は天然資源である鉄鉱石を還元・精錬し、圧延・熱処理・表面処理などいくつかのプロセスを経て、いろいろな形状・特性を持つ鋼材として、自動車や家電、スチール缶などの最終製品の素材となる。その最終製品は社会での役割を終えたあと、鉄はスクラップとして回収され、新たな鉄鋼材料の原料として再利用される(図4)。このサイクルが無限に繰り返されており、スクラップ利用が新たに使う天然資源を減らすことで、鉄のライフサイクル全体の環境負荷を大きく低減させている。
鉄はこうした優れた特徴を持ちながらも、長年、「頑丈だけれども『重い、錆びる、不燃物』」というイメージで語られてきた。近年では環境に配慮した高機能材も数多く開発され、その認識が変わりつつあるものの、昨年開催された日本最大の環境展示会「エコプロ2017」での見学者の声やアンケートを見る限り、鉄の良さが一般の方々に正しく理解されているとは言えない。
「こうした状況を踏まえてここ数年、日本鉄鋼連盟や世界鉄鋼協会で“鉄のリポジショニング”に向けて、長期的かつ世界的視野から他素材に対する環境優位性を明確に打ち出し、LCAによる鉄の強みと材料としての重要な位置づけを見直してもらう理解活動を積極的に展開しています」(小野氏)
何度でも、何にでも生まれ変わる鉄
先ほども触れたが、LCAで見た鉄最大の特徴は優れたリサイクル性にある。磁力を使った容易な分別・選別技術によるリサイクルシステムがほとんどの国・地域で整備されており、有価物として価値を持つスクラップの回収と流通、原料利用が社会に根付いている。またそのスクラップは、再生時の精錬・圧延・熱処理で微細組織を再構築することで、変幻自在に材質をつくり込むことができ、自動車やスチール缶、建材など“何にでも”生まれ変わることができる。
前述のとおり鉄は磁力によって他素材から高精度に分離回収できるが、仮にスクラップに他の金属が混入した場合にも、その多くは通常の転炉や電炉などの精錬プロセスで酸化物として、あるいは気化することにより分離・除去することが可能である。このため、リサイクルによる品質変化(劣化)が生じにくいため“何度でも”再利用することができる(図4)。あなたが今日飲んだビールのスチール缶は、実は50年前につくられ、解体されたビルの建材や自動車からリサイクルされた鉄が含まれているかもしれない。
一方、アルミ製品の場合、分離回収が困難な上、鉄を含む多くの金属元素は通常のリサイクルプロセスでは除去が不可能な成分(トランプエレメント)であり、これらがアルミスクラップとともにリサイクルプロセスに入ってしまうと、再生製品の品質低下を招いてしまう。また、アルミ製品はそれぞれの用途によって含まれる合金成分が異なるため、異なるアルミ製品のスクラップを混ぜるといずれの製品にも合わなくなってしまう。このため、アルミ缶胴を除いて、多くのアルミ展伸材スクラップは、不純物規制の緩やかな鋳物や、鉄精錬のための脱酸材としてカスケードリサイクルされている。また、高純度が求められる缶のアルミ蓋には常にバージン材の投入が必要だ。一方スチール缶のSOT(ステイオンタブ)蓋もアルミ製だが、これが鉄スクラップに混入しても、精錬時に還元材として機能してくれている。
「『多様な製品に再生可能』であることと、『品質低下が生じにくい』ことの2点が、鉄の持続可能なクローズドループリサイクルを可能にしています。さらに鉄は同じ重量の製品製造のためのエネルギーがアルミに比べて圧倒的に小さいのです。加えて鉄スクラップは還元工程が不要なため、非常に少ないエネルギーで新たな鉄鋼製品に生まれ変わることができます。しかも何度でも。このため鉄のライフサイクル全体での環境負荷は他素材に比べ圧倒的に低くなるのです」(小野氏)
鉄鉱石とスクラップの両輪で伸びゆく需要に応える
現在、鉄は理論強度(12GPa)の約10%(線材の場合は30-40%)しか製品として実用化されていない。高強度化を進めながら同時に成形性を維持することが材料開発の大きなテーマだ。また、鉄のなかでも特に高品質な鋼材が使われるスチール缶の材料開発では、強度・成形性に加えて、不純物を徹底的に除去して高純度化し、ミクロンレベルまで薄く延ばしても破断しない材料開発への挑戦が続いている。
2015年の世界粗鋼生産量は16億トン。そこから製造・加工時のスクラップを除いた12.7億トンが最終製品として社会ストック(建築物、道路、鉄道、自動車、容器、電化製品など世界全体で約300億トン)のなかに入り、そのストックから老廃スクラップが2.3億トン発生した。この差分である約10億トンが、世界人口の増加や経済成長を支える社会資本として年々蓄積され続けている(図6)。
現在世界人口73億人に対する1人当たりの鉄の社会ストック量は約4トンで、日本は1人当たり10.7トン。つまり経済成長すると1人当たりのストックが増える。日本が現在の世界平均である1人当たり4トンになったのは1973年。戦後高度経済成長はしたものの、まだ新幹線は岡山まで、高速道路も東京大阪間のみ、それまでに竣工した超高層ビルも霞が関ビル(1968年)、世界貿易センタービル(1970年)、京王プラザホテル(1971年)のみであった。その後、国のインフラ整備が加速し、また個人所得の向上による自動車や家電製品などの需要の高まりにより、1987年に7トンとなった。1人当たり10トンを超えたのは2003年ころである。国連は2050年の世界人口を98億人としているが、そのときに経済成長による1人当たりの鉄の社会ストックの平均が7トンになったとすると(日本では15年間で到達したレベルを世界では35年間で到達と想定)、必要な世界全体の社会ストックは約700億トンとなり、今からさらに400億トンの新たな蓄積が必要になる。これは積極的なスクラップ利用とあわせて、将来にわたり鉄鉱石による新たな鉄づくり(高炉材)が必要なことを表している。
「今後も鉄が世界で広く使われ続けるなかで、LCA方法論の確立を含めて、規制当局や需要家だけでなく一般消費者の目線に合わせたPRを展開し、鉄の特性や良さを社会全体に正しく理解してもらう努力が大切です。その点、スチール缶は93.9%の高いリサイクル率をはじめ、LCA手法での優秀性を明確に示すことのできる鉄鋼製品で、消費者にとってわかりやすいモデルケースと言えます。需要家の環境意識が変化しつつある今、スチール缶リサイクル協会と連携して、さらなる薄肉軽量化など、スチール缶素材である鉄の進化が業界を超えて日本、世界のためになるというメッセージを社会に発信していきたいと思います」(小野氏)