EPR(拡大製造者責任)とスチール缶リサイクル
神戸大学大学院経済学研究科教授 石川 雅紀氏
EPRが目指すものと評価の視点
EPR(拡大製造者責任)が目指すものは、「社会的厚生の最大化」である。制度を変えた時、必ず得する人と損する人が出てくるが、幸せを社会全体で増やす事が必要条件で、損をする人には適切に補償することによって誰も損をせず、社会全体で良くなろうと目指すことが望ましい。この問題を具体的にブレークダウンすると、その概念は「維持可能性」になるだろう。
環境問題がクローズアップされる中で、ローマクラブのレポートから「宇宙船地球号」という説得力のあるイメージが生まれた。そうしたイメージが共有化されていなかった1960年代以前には、4大公害訴訟があり、汚染物質を排出した大企業がつぶれるような出来事もあった。現在では、そうした事故や犯罪といった単純な事象ではなく、日常的な生活の中で汚染が進むといった危機感が共有化されている。その典型例が地球温暖化だ。問題点が変われば対策も変わる。その手段として、製造現場だけでなく、製造から消費までの全ての段階に視点をおいたライフサイクル分析が注目されてきた。有限な資源を子孫の時代に残そうという説得力のある話が、政治的な力となり世界を動かしている。
EPRの視点には、まず環境問題などの「非市場的視点」がある。中でも現実的な議論になりやすいのは「廃棄物」の問題で、短期的視点では「埋立地の逼迫」や「産廃の違法投棄」が社会問題になっている。そしてもう一つは「汚染物質の排出」だ。ごみ処理における地下水汚染やダイオキシン対策が目前の問題として顕在化してきた。
では長期的視点ではどうか。維持可能性の観点からは、埋立量の削減ではなく、有限資源の枯渇が懸念される。しかし、特定資源が少なくなれば価格が上がり他素材への代替、もしくはリサイクルが進むため、現在の議論は少々悲観的すぎる気がする。また環境汚染に関しては、長期的にはライフサイクルにおける環境汚染物質全体の削減を進めなければならない。
一方、「経済的視点」では、良し悪しは別として分別収集をすれば当然コストが上がる。しかし、市民からは手間をかけたぶんゴミ処理費用は下がって当然だという意見がある。こうした認識のズレが、各政策成立のバックグラウンドにある。
また、産廃の適正処分も経済的に重要なテーマだ。長期的に見た場合は、公共部門だけでなく、大量消費・廃棄社会からの転換という意味で、物量の需要を下げる必要がある。例えば、長寿命の耐久消費財をメンテナンスしながら使う社会の方が、トータルとして経済的にも環境的にも良いと思われる。ゴミ処理の社会的費用を削減する長期的視点には、製品そのものを変えることまでが含まれるだろう。
スチール缶リサイクル ~自発的に成立したEPR
EPRの評価(尺度)は非常に難しい。EPR評価の一例としてPETボトルリサイクルの環境影響と経済影響を考えてみる。環境影響ではとかくトラック収集距離の長いリサイクルは輸送における排出量が比較されがちだが、代替物として電力やPET樹脂に生まれ変わるマテリアルリサイクル、サーマルリサイクルを考慮しなければ公平な比較にはならない。LCA評価結果に決定的な影響があるのは、‘何を代替しているか’ということだ。経済影響評価では現状計算可能なデータで計算すると埋立の社会的費用が低いように見えるが、埋立処分費用が再取得費用でないことを考慮していないことなどから、その解釈には注意すべきだ。行政がPETボトルリサイクルを促進する意義は十分にあるというのが私の結論だ。
日本におけるスチール缶リサイクルのEPR最大の評価は、関係業界、組織による自主的な取り組みにある。ドイツでは容器包装のリサイクルを法的手段で強制的に行っているが、デポジットがかからず金属缶で85%以上の高いリサイクル率を実現している国は日本以外にはない。また、類似システムもスイスのアルミ缶以外にはなく、日本のようなサイズの国で達成しているのは凄いことだ。
鉄自体には価値があったとしても、市場に任せた場合は散在するスチール缶を収集する人はほとんどおらず、効率的な資源回収は困難だ。資源価格が安いにもかかわらず、素材・製品を市場メカニズムに乗せるシステムを規制なく組織化していることが最大の強みだ。長年、容器包装リサイクルに関わってきた私にとって日本のスチール缶リサイクルは“空気”のような存在で、今回まとめる際に改めて凄いということを再認識した。
しかし逆に言うと、スチール缶リサイクルは市民に対する影響力が弱い。なぜなら、自治体において磁選機で市民の負担を軽減するシステムを徹底的に整備し、自治体の分別回収を支援したり、啓蒙することによってリサイクル率を伸ばす過程で、市民への負荷が何もないからだ。例えば、牛乳パックの場合は消費者が洗浄してリサイクルルートに乗せるが、回収率が約20%にもかかわらず手間がかかるため、市民にとってリサイクルの実感があるようだ。
また、スチール缶のリサイクル率が過大評価だという批判もある。実際、名古屋市で追跡調査をしてみると、行政ルートに乗ったものは約85%の半分ぐらいしか把握できなかった。最終的にリサイクル率はスチール缶リサイクル協会が実施している、転炉・電炉に戻った総量から算出されるが、スクラップの全てがスチール缶であるかどうか、その点はさらに調査する必要があるように思う。ただし、回収率への疑問は全素材共通のテーマであり、スチール缶だけの課題ではない。
さらにLCAについては、各素材の情報開示がまだ不十分であり、情報として各素材を平らに並べて互いに比較できるような形にしてほしいといった意見もある。ここであえて課題に言及したのは、先述した「資源価格が安い素材・製品を市場メカニズムに乗せるシステムを規制なしに組織化したこと」にある。法的な枠組みがなく、高いリサイクル率を実現しているからこそ、常にトップランナーとして注目され、それだけリスクを背負っている。そのぶん例えば、埋立地にスチール缶が散在する調査データが出てきたときのダメージも大きいのではないだろうか。リサイクル率が40%程度の時代には大した話題にもならないが、現在ではニュースバリューになりやすいため、今後はさらに、マテリアルフローを分析するなどのリスク管理を強化する必要があるだろう。
いしかわ・まさのぶ 1953年兵庫県生まれ。神戸大学大学院経済学研究科教授。環境省「容器包装LCAに係る調査事業」の専門委員会副委員長として活躍。